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「黒い絵」について

1 :サトゥルヌス:01/10/01 18:44
ゴヤの「黒い絵」は実に2ch向きの作品集だ。
鬱堕詩嚢な救いの無い絵ばかり。
ヒッキーの皆さんぜひ語りましょう。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/01 20:33
ゴヤは私の大好きな画家です。
版画集、妄シリーズもたいへんおもしろいですよ。
わたしはヒッキーではないのですけど。

3 :かおりん祭り ◆IidAAeuI :01/10/01 23:41
\(^▽^)/<新スレおめでとうございまーす♪

4 :わたしはダリ?名無しさん? :01/10/01 23:51
「我が子を喰らうサトゥルヌス」
凄すぎ・・・夜中おしっこ逝けなくなる。

5 :ヒロ:01/10/02 00:05
手元に画集が無いのが残念。
狂人の絵なんて誰が見るのかな、砂に埋もれる犬の絵は誰のために描いたのか、
そのうち、ゆっくりと謎が解けるまでじっくりと見てみよう。

6 :わたしはダリ?名無しさん? :01/10/02 00:20
タイトル忘れた・・・
砂にひざまで埋まった男達が殴り合っているヤツ
お互い止めたいのに相手を信じられないと感じた

救いの無い絵だ

7 :サトゥルヌス:01/10/02 00:52
レスありがとー>ALL
結構、人いるんだねここ。
ゴヤさんは絵の注文を殆ど断って「聾者の家」に引きこもり、壁という壁にあの救いの無い絵を
描きまくりました。いわばヒッキーというわけです。
>4
「我が子を喰らうサトゥルヌス」この絵はなんと食堂の壁に描いてあったそうです。
>2
版画集好きですよ。「戦争の惨禍」は特に。
>5
「犬」は深読みすればいくらでもできますよね。黒い絵すべてそうですが。

僕は何年か前にNHKで放送された「プラド美術館」の特集番組でゴヤを知り、以来いちばん
好きな画家です。

8 :ヒロ:01/10/02 01:10
>6
>救いの無い絵だ

救いの無い絵とは、いったい何なのか?
ゴヤを想いだして疲れたことなんか無いのに、
でも、あのような人々はいますね、
ゴヤは自分の見たものしか描いてませんね。


9 :ヒロ:01/10/02 01:42
スペインの画家は見たものしか信じないのかな。
ゴヤ、ベラスケス、ピカソ、自分しか信じてませんね。

10 :サトゥルヌス:01/10/02 15:03
>8.9
どういう意味?写実的な絵だって事かな?

11 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/02 15:09
ヒロ氏は独特の感性のもちぬしなので
常人には理解しがたい。

12 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/02 15:17
いや、でも素敵だよ。
凡人じゃないってことだよ。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/02 18:09
某氏みたいに態度がでかくなったら、嫌われるだろうね。

14 :ヒロ:01/10/03 01:39
>10
>どういう意味?写実的な絵だって事かな?

たとえば、ピカソの絵にしても日常の日記と言えるでしょう。
シュールみたいな深層心理には興味が無い、そして抽象のような曖昧さも無く、
すべて自分の見た日常から生まれてます。空想みたいな曖昧さは無いと思ってます。
ベラスケスを見ていると、ほんとに偽り無くこの様な人々がいたと感じさせます。
ゴヤの黒い絵にしても想像では描けないと思ってます。

それと、ピカソの晩年は誰とも会わず孫がきても門を閉ざしてしまう孤独な生活です。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/03 09:40
>>14
私もそう思います。
ゴヤはナポレオンのスペイン侵攻に絶望して、
人間世界のもっとも醜い部分を目の当たりにしてしまったのでしょう
ゴヤの絵はこの世でもっとも醜い絵です。
しかし彼の絵にはユーモアがあるのです。
また、ピカソに関しては、まさにあなたのおっしゃるとおりで、
彼はマティスのように作品を洗練させていったり、
取捨選択していったりはしない。
「描き散らしていく」わけです。
ピカソ曰く、その作品番号を見ることによって、
後世の人はその時のピカソの心情を知ることができるだろう、
つまり日記であると本人が言っています。
ベラスケスの小人の肖像画を見れば彼がなんと
優しい心の持ち主であったかは一目瞭然ですね。
それまで動物としてしか考えられなかった彼らに、
王よりも高貴で知性に溢れた美しい顔を与えたのです。
それを思うと、実際に涙が出てしまいます。

16 :脳味噌スポンジさん ◆OK8BsMiw :01/10/08 01:30
age

17 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/08 03:06
閉館真際のプラドで、ふと気付いたらゴヤの版画の展示室に
ひとりぼっちだったことがあります。
このまま一晩閉じ込められたらどうしよう!?と
マジ恐かった……
ましてや「黒い絵」に囲まれてゴハン食べてたなんて
信じられないっす。

「黒い絵」からは外れますが、版画集「闘牛技」もいいですね。
どんな観光写真見るより、スペインの空気の熱さが感じられる。
本出てるのかな?

18 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/13 16:41
「犬」は頭に残る絵ですね。
爆発的な衝撃は「サトゥルヌス」なのでしょうが、「犬」は
「あれ? ん?」という感想がずっと残ってしまう。なぜだ。

こぼれ話ですが、「犬」の犬の視線の前には巨人もしくは巨岩
のようなものが描かれていたとのことです。

19 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/15 21:24
版画集、黒い絵などをみると、
スウィフトにも通じる
人間への限りない憎悪を感じる。

20 :高倉床式ヒットマン:01/10/16 05:32
>>17
こわいっすね、ソレ!

>>15
ベラスケス大好きです。(板違いですが)誠実で努力家でしかも人の心の動きを
的確に読み取る人だったのでしょう。宮廷画家が勤まるくらいですもんね・・・


ゴヤについて「週間美術館」で赤瀬川源平が「黒々しい印象と、
一方でぽーんと飛んで真っ白になってしまったような、思考を超越して
しまったような印象と、そういう両極が混在している。」と書いていました。
「相当したたかな画家だ」とも…。
ぼくは彼の戦争の絵や寓話的な絵を見ると重苦しくグロテスクな印象をうけます。
しかし人物を良く見てみると顔なんかが漫画のような表情でおもしろい。
残酷な中に「ひょうきん」を見てしまいます。ぼくはここにとても惹かれます。
まるでどんなにひどい状況でも人間は面白い行動をするし、生きていけなくは
ないよといわれているようで「黒い絵」に勇気づけらます。
あと、気になるのは金色(黄色?)の光。「砂に埋もれた犬」や「妖術師の夜宴へ」
などのバックの色。あれがいい。カーンと突き抜けた感じなんです。

ゴヤで「精神病院」という絵があります。当時自由も人権も無い患者達の
動物園、いや…人間園と呼びたくなるような病院内の様子が描かれています。
皆狂っているんですがたいへん幸福そうなんです。描かれている中で悲しそうな顔を
している人があまりいない。そして貴族や王とその家族を描いた絵。
権力者だからといって美化して描いていないので、辛辣なまでに人間性を暴いています。
この辺に彼が人間をどういうふうに見ていたかわかるヒントがありそうだと思いました。

21 :19:01/10/19 03:35
私は少し皆さんと見方が違うのですが・・

ゴヤはユーモアを持ちながら風刺しているように見えるが
その実、人間自体を限りなく憎悪している、と感じる。
そして、その限りない憎悪にとりこまれ自分自身も狂っていく。
ガリバー旅行記の翻訳しか読んだことはないが、
非常にスウィフトと同じものを感じてしまいます。

さらに、ゴヤ、スウィフトをヒエロニムス・ボッスと比べてみると・・・
ゴヤ、スウィフトは、渦中に取り込まれていく感じだが
ボッスは自分は渦中にはいずに、どこか別のところにいる。
ボッスは見えない、どこにいるのか分からない。
ソドムの市でのパゾリーニの超冷徹な視線とも全く違う。

ゴヤは見える。スウィフトは見える。
人間への強力な憎悪で彼ら自身が狂っていくのが、見える。
ボッスのように見えなくても恐ろしい、
ゴヤ、スウィフトのように
狂っていくのが見えるのも恐ろしい。

22 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/19 18:04
ゴヤが狂っていったという意見には同意しかねる。
風刺という精神はあくまで批判的で俯瞰的な状態でないと駄目でしょう。
狂気に取り込まれていたら、風刺することはできない。
ちなみに、ユーモアというのは、ユーモア感、とでも言うべきか・・・
ともかくおもしろおかしいというより、泣き笑いに近い印象です。
ま、もっともお互いに印象論だから好きなことを言うのが良いと思う。

23 :19:01/10/19 19:09
少し言葉が足りなかったようなので・・・・

人間を愛するが故の風刺ではなく、人間を憎悪するが故の風刺
(これはもう風刺とは呼べないかもしれませんが)
それが、ゴヤやスウィフトだと感じます。
風刺の目的が、
より良い社会をつくろうとか
面白おかしく権力者をやり込めようとか、
人間劇を提供しようとか、
そういうところにあるのではなく、
ひたすら人間を憎むが故の風刺。そう感じます。
ですから、いわゆる風刺をしながらも、
俯瞰するにとどまらず、その自らの憎悪にとりこまれ狂っていく、
と感じてしまいます。
いや、狂っていくというのは言い過ぎたかもしれません。
少なくとも、ゴヤやスウィフトは渦中にいる、
と感じます。

ゴヤがどういう位置から、人間を見ているか
という感想を語るために、スウィフトと並べて、
さらに、ボッス、パゾリーニを引き合いに出してみました。

24 :高倉床式ヒットマン:01/10/20 00:26
>>21
人間を憎悪している…そう言われれば確かに人間を馬鹿にしたような
作品多いですね。なんかぼく、割と好意的に見ていたような気がする。
きっとそれはぼくの世界観なんでしょうね。見る人によって様々に
違って見えるんだろうな……。

25 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/20 04:21
憎悪という積極的な感情でなく、なんか不条理な感覚。
戦争画とかのタイトルも皮肉で距離を置いた感じがします。
黒い絵も本来は普通の風景画描こうとしてんじゃなかったっけ。
晩年の視力も衰えてあのミルク売りの少女を描いた絵は憎悪の発散だけの
画家ではないとこを感じる。

26 :19:01/10/20 17:42
だいぶしつこくなってしまいました。すいません。
私の「憎悪のゴヤ」を語るのはこれで最後にします。
そもそも22さんの言うように印象論なので、これ以上は語れません。

私も25さんと同じように、
ゴヤに不条理を感じることがあります。
ただ少し違うのは、やはり憎悪をそこに見てしまう。
もはや風刺とは言えない自己の憎悪の渦中にとりこまれ、
不条理にまで行き着いているゴヤを
「妄」や黒い絵などには感じてしまいます。
私がゴヤを狂っていると感じるのも
不条理にまでいきつく憎悪を感じてしまうからかもしれません。

ゴヤのすべての作品が憎悪の渦中にある、
とは私も思いません。
例をあげるまでもないと思いますが、
マドリード1808年5月3日、2日などは、
憎悪から生まれたとは感じられません。
黒い絵や、版画集のみをもってゴヤとするつもりはないです。

上述したことに加えて、
宮廷画家としてのゴヤ、また、宗教画を描いたゴヤ
などをふまえても、
黒い絵や版画を見るとどうしても、
「人間への限りない憎悪の渦中にいるゴヤ」
というのを感じてしまいます。

私のゴヤ像といえば、
19世紀に入り「気まぐれ」や「戦争の惨禍」を経て、
黒い絵や「妄」が噴出し
最後には、「ボルドーの乳売り娘」の境地に至る、
という非常に一般的なものです。

乳売り娘は本当に素晴らしい・・

27 :19:01/10/20 18:07
あと、一つ思い出したのですが・・
「ボルドーの乳売り娘」を描いたのは
実はゴヤではないとの新説が発表された
と新聞で半年くらい前に見た覚えがある。
結局、その話に進展はあったのですか?

28 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/24 18:04
私は,ゴヤは黒い絵にしても何にしても人間にはこういう一面があるというのを
自然なこととして受けとめていて,憎悪等の感情はなかったのではないかと感じています。

29 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/25 03:18
憎悪…というのはわかるような気がします。
「なぜ(自分も含めて)人間をこのようなものに創ったのだ?」
「なぜ世界はこのようなものなのだ?」と、
天を仰ぎ、咆哮し、そしてふたたび、周りの人間達を見据えて絵筆を取る。

サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダの天井画が好きです。
ゴヤの愛したマドリードの空気が留められている。
ゴヤは見たものをありのままに書き留めた画家だと思います。

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